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身体障害者福祉法の礎を作ったヘレン・ケラー

身体障害者福祉法の礎を作ったヘレン・ケラー

小さい頃にヘレン・ケラーの伝記を読んだ人は多いと思います。日本でも「奇跡の人」という邦題で何度も舞台化や映画化されています。ヘレン・ケラーは1880年に生まれ、1歳の時に熱病を患い聴覚と視覚を失いました。しかし、家庭教師のアニー・サリバン先生に指文字や言葉を教えてもらい数々の才能を開花させました。ヘレン・ケラーは人々はみな平等であることを説き、世界各国で講演活動を展開し、日本にも3度来日し身体障害者福祉法の制定に大きな影響を与えています。

世界初、重複障害を持つ大学修了者

世界初、重複障害を持つ大学修了者ヘレン・ケラーは世界で初めて重複障害者で大学教育を修了し文学士の称号を得たことでも知られています。ヘレン・ケラーが卒業したハーバード大学ラドクリフ・カレッジは、当時女子学生のために設立された女性の教育機関の最高峰でした。彼女はこの大学で、健常者と競い自分の力を試し様々なハンディ・キャップに打ち勝ちたいというビジョンを持ち、学力を向上させたのです。

明確なビジョン

明確なビジョンヘレン・ケラーはなりたい自分に対する意識を常に高く持ち、そのビジョンにより明確に行動していました。ヘレン・ケラーは「結局、真の成功を手に入れたい人は誰でも、険しい山をひとりで登らなければならない。頂上へは楽な道などない。それなら私は自分なりにジグザグに登れば良い。何度も足を滑らしては後退し、転び、立ち止まる。隠れていた障害物にぶつかって、怒りに我を忘れることもある。それでも気を取り直し、意気高らかに進むのだ。足取りが重くなっても、少しずつ前へ進めば、元気がわいてくる。そしてさらにやる気が出て、ずんずん上まで登っていける。ついに広がる地平線が見えはじめた。苦しんだ一歩一歩が勝利なのだ。もうひと踏ん張りすれば、輝く雲に、青空の深みに、そして夢見ていた頂上に到達できる…」と語り自分を高めていました。

努力の正当性

努力の正当性重複障害者でありながら並々ならぬ努力をしたヘレン・ケラーは、すべての人に対し努力の大切さを叫んでいました。勉強のみならず人生には楽な道はありません。一歩一歩苦しむことが勝利なのです。現在は効率性を追求することが善しとされる傾向にあり、自己PRや姿、話し方のテクニックをレクチャーする本がたくさん出版されています。もう一度ヘレン・ケラーのように努力の正当性を正面から肯定することの大切さを考え、自分なりのビジョンを持ち成功をつかむために毎日を過ごしましょう。

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